伝説になった「マイケル・ジャクソン」
そのニュースはあまりに突然すぎた。今の若者にとっては彼の偉大さは理解できないだろう。彼の音楽が世界中を駆け巡っていた頃、彼の音楽は多くの人々を幸せにし、良き思い出を心に埋め込んだ。
私がマイケル・ジャクソンの音楽と出合ったのは、アルバム「オフ・ザ・ウォール」からだ。
ディスコ全盛の1979年に発売されたこのアルバムはポップで踊れる曲が多い。なんといってもこのアルバムに参加しているメンバーは聴いた名前が多い。プロデューサーはクインシー・ジョーンズ、参加ミュージシャンはラリー・カールトン、デビット・フォスター、スティーブ・ポーカロ、ルイス・ジョンソン、ジョン・ロビンソン、ワー・ワー・ワトソン、デビット・ウイリアムス等。そしてポールマッカートニー、スティービー・ワンダーが曲を提供している。
なんと言ってもクインシー・ジョーンズとの出会いがマイケルの後の音楽活動に大きな影響を及ぼすことになった。クインシー・ジョーンズとの出会いは、映画「ウィズ」にマイケルが出演した時だったと言われている。ダイアナ・ロス主演のこの映画に、彼女から才能を認められかわいがられているマイケルが出演した。その「ウィズ」で音楽監督をしていたのがクインシー・ジョーンズだった。
マイケル・ジャクソンとクインシー・ジョーンズが初めて作った「オフ・ザ・ウォール」は黒人特有のリズムとアレンジでこの後にやってくるブラック・コンテンポラリーのブームの先駆けとも言える内容の作品も多くある。
1982年には「スリラー」を発表。
このアルバムもプロデューサーはクインシー・ジョーンズである。ロック色を強めながらも黒人音楽のリズム&ソウルも健在だ。そして、この後マイケル・ジャクソンを語るうえで「スリラー」と言うアルバムは欠くことのできない作品となってしまった。アルバムセールスもさることながら前作「オフ・ザ・ウォール」以上の豪華参加ミュージシャンの数。かるく紹介しますと、ポール・マッカートニーをはじめエディ・ヴァン・ヘイレン、スティーブ・ルカサー、スティーブ・ポーカロ、ジェフ・ポーカロ、デビット・ペイチ、デビット・フォスター、ルイス・ジョンソン、ジェームス・イングラム、マイケル・ボディッカー、ラトゥーヤ・ジャクソン、ジャネット・ジャクソン等々。マイケル・ジャクソンは一流のミュージシャンとの交流の中から様々な事を吸収していった。
そして、忘れてならないのがミュージック・ビデオだ。
MTVチャンネルの開設により各アーティストたちがプロモーションのミュージック・ビデオを制作してこのチャンネルで流すようになってきた。マイケル・ジャクソンもこのアルバムから「ビリー・ジーン」「今夜はビート・イット」などのミュージック・ビデオを制作しMTVで流れたが、そのダンスやストーリー性のある作りが話題になった。
そしてあの「スリラー」のミュージック・ビデオだ。当時、破格の製作費をかけて「スリラー」のミュージック・ビデオが作られた。
監督はジョン・ランディス。「狼男アメリカン」の監督で、この作品はアカデミー賞のメイキャップ賞受賞している。マイケルと親交のあるスティーブン・スピルバーグ繋がりでジョン・ランディスに監督を依頼したと言う説もある。(ジョン・ランディス監督作品の「ブルース・ブラザース」にスピルバーグはチョイ役で出演している)
この映像が全世界で流れ、そのダンスをみんながマネをし大ブームを巻き起こした。
この後多くのミュージシャンがミュージック・ビデオの製作に力を入れるようになり、1980年代のMTVブームがやってくる。
マイケル・ジャクソンはブームの先駆者的存在なのだ。
「スリラー」からおよそ5年の後「バッド」を発表。5年という歳月がマイケルにとって長かったのか短かったのか。その間に「ウィー・アー・ザ・ワールド」や、映画「キャプテンEO」への出演があったりしたのだが、ビッグ・セールスを記録した「スリラー」の後のアルバムを制作する上で、かなりのプレッシャーはあったと思う。
しかし、そのプレッシャーの中で素晴らしいアルバムを作り上げた。セールス的には「スリラー」に遠く及ばないが、アルバムのクオリティはかなり高い。
「オフ・ザ・ウォール」、「スリラー」では自作の曲が4曲ぐらいだったのが、「バッド」では11曲中9曲がマイケルによる作品だ。プロデューサーはクインシー・ジョーンズで変わらないが、ブラック&ソウル色が抑えられロックの色合いがより一層強く、バラードにしてもアレンジが変わってきたように思う。ただ全体的には「オフ・ザ・ウォール」「スリラー」の流れの中にあるためなのか評価はイマイチだったようだ。
1991年に「デンジャラス」を発表した。このアルバムはマイケル・ジャクソンのプロデュースだ。クインシー・ジョーンズではないことについては、このアルバムを聴けばその理由が分かる。マイケルは、「バッド」でプリンスとデュエットしたかったが出来なかったらしい。そのくらいプリンスの音楽を意識していたようだ。当時プリンスの音楽は今までにない新しい感覚のものだった。マイケルにとってやりたかった音楽がそこにあった。
テディ・ライリィを迎え楽曲を共作し、マイケルは新しい領域に踏み込んでいった。このアルバムの前半6曲はプリンスを強く意識したような内容の曲が続く。これまでと違ったアレンジに戸惑ったファンは多いはずだ。
この「デンジャラス」で以前からやりたかった音楽を取り入れることができたのは、「スリラー」の呪縛から解かれたからだろう。プレッシャーのかかったアルバム「バッド」でそれを乗り切ったマイケルは次なる挑戦に踏み切ることができたのだ。
しかし、マイケルはこれまでやってきた音楽も大切にしていた。7曲目の「ヒール・ザ・ワールド」からの後半部分はメロディアスなバラードあり、ロックあり、リズム&ブルースあり、これまでのファンが満足できる楽曲を提供している。
「デンジャラス」はマイケル・ジャクソンの二つの音楽性に触れることができる。
私が持っているマイケルのアルバムは、「オフ・ザ・ウォール」「スリラー」「バッド」「デンジャラス」の4枚だ。「インヴィンシブル」は今後購入して聴きたいと思います。
最後に、マイケルが亡くなってから、彼のミュージック・テープを観た。「デンジャラス」を発表してから程なくしてNHKのBSで放送したものを録画していたものだ。
平成4年5月17日の放送日か?
曲目は
- リベリアン・ガール
- ダーティー・ダイアナ
- ビリー・ジーン
- ビート・イット
- バッド
- リーヴ・ミー・アローン
- スムーズ・クリミナル
- アナザー・パート・オブ・ミー
- マン・イン・ザ・ミラー
- ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール
- スリラー
- ブラック・オア・ホワイト
- リメンバー・ザ・タイム
- イン・ザ・クローゼット
の14曲。すべてノーカットで放送されたもので、さすがNHKと言える。これを観ていると、マイケルのダンスのすばらしさが分かるし、洗練されていく様子がよく分かる。
まさに、伝説のシンガーでダンサーがマイケル・ジャクソンだ。
マイケル・ジャクソン、永遠に。ご冥福をお祈りいたします。
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